E2492 – レファレンスと研究の関係性:『近代出版研究』創刊

カレントアウェアネス-E

No.435 2022.05.26

 

 E2492

レファレンスと研究の関係性:『近代出版研究』創刊

近代出版研究所・小林昌樹(こばやしまさき)

 

  筆者の主宰する近代出版研究所は,2022年3月に近代の日本書籍についての論集『近代出版研究』を創刊した。その経緯については既に『日本の古本屋』メールマガジン2022年4月25日号で読書人向けに述べたが,ここでは研究所設立や『近代出版研究』創刊の経緯について図書館情報学的に説明する。

●それはレファレンス・カウンターで始まった

  筆者は1992年に国立国会図書館(NDL)へ「入館」――NDLでは他省で「入省」という場面をこう呼ぶ――したが,奇禍により入館15年目にしてようやく志望だった一般向けレファレンス部門に異動できた。そこでカウンターに出てわかったのだが,ある種の質問は「答えがないのが答え」ということがある(もちろんベテランがきちんと調べたうえでの話)。その手の質問に,特定タイトルの逐次刊行物や単行本の発行部数があった。戦後の一部は集計機関の調査で明らかだが,戦前の場合,当事者の回想以外ではわからない,というのが定番の答えだった。

●問いがあったればこそ

  ところがである。NDL新館地下書庫でブラウジングをしていたら,内務省が発禁本の発行部数を載せていた戦前資料を発見した。そこで,その情報を抜き出してタイトル五十音順に排列したところ,レファレンス図書『雑誌新聞発行部数事典』の刊行に至った。しかし考えてみると,そもそも「答えがない(ことになっている)」とカウンター質問で意識化されていたからこそ,ブラウジングで発見もできたわけである。

●本当にナショナルな図書館になるには

  たとえ永田町にあるNDL本館に来館する人にしか回答できなくとも,結果として日本の調べ物の世界に何が足りないか気づくきっかけとなれば,カウンターの質問にもパイロット調査としての意味が出る。そしてレファレンス・ツールの開発につなげられれば,NDLも国立図書館たる使命を果たせることになる。これと同じ構造の実践を,かなり前,元NDL職員の国文学者である朝倉治彦氏がやっていたことも後でわかった。

●司書が研究者的になる瞬間

  結果として,筆者は出版史関係の研究会に呼ばれるようになった。これも後から気づいたのだが,日本は近代本の書誌学が立ち遅れているため,専門家がいないに近い状況だった(西洋書誌学は「古典」と近代を分けない)。職業的専門家がほとんどいない知識ジャンルでは,レファレンス司書も,瞬間だけ専門家になれるのだった。近代書誌学者が回答すべきことを代わりに回答していた筆者が,結果として専門家とみなされたわけである。

●特殊コレクションの周辺で

  たまたま当時所属していた課に出版関係コレクションの布川文庫があり,その活性化も試みた。その過程で筆者は在野の出版史研究者らの知遇を得ることになる。彼等にヒアリングしてみると,布川文庫が特殊コレクションとして活性化していたのは1990年代の上野図書館への寄託時代のことであった。コレクションを中心に在野研究者ネットワークが形成され,非図書などのエフェメラも集まっていた。これらの要素が,特殊コレクションを活性化させるコアだとわかった。

●せっかくなので在野研究者を糾合

  そうして筆者も在野研究者とみなされるようになり,さらに館内の雰囲気の変化もあって,2021年にNDLを退官し,研究に専念することにした。その際に考えたのは,まだ未成立の日本近代書誌学(近代出版史と呼んでもよい)という知識ジャンルで,在野研究者や趣味人を糾合して何かできないか,ということであった。そこで創刊したのが,今回の年報『近代出版研究』である。その刊行の母体が近代出版研究所ということになる。

  知友に呼びかけたところ,面白く,ためになる記事が集まった。ネットの反響では楽しく読めるものが多いと評判である。

●創刊号の内容――「図書館」の語誌など

  『近代研究出版』の創刊号では,独学書の歴史,司書だった民俗学者の話などが題材にあがっているが,中でも,江戸の大書肆(書籍商。ここでは大きな版元のこと)がなぜ明治初期に没落したのか,日本に数少ない明治期出版専門家を招いて話してもらった座談会記録が好評である。布川文庫が閲覧停止となった後,その代替を果たした個人コレクションの紹介もある。

  他にも「図書館」ということばの成立史では,それが明治10年代,それまで「ライブラリー」「ビブリオテーク」の定訳だった「書籍館」を駆逐した経緯が書かれており,これは図書館学上の新発見である。メディア論とも関連するので日本の全図書館員が教養として知っておくべきだろう。もちろんNDLにつながる帝国図書館成立前史でもある。

●近代出版研究所の今後

  幸い創刊号は書店でも好評で,『日本出版史料』や日本近代書誌学協会なき後,不発に終わってきた近代書誌学,出版史への胎動を感じさせるものだった。もとより当研究所だけでは,学問ジャンルとしての成立などおぼつかないが,それでも近代出版研究所では今後も本誌を継続刊行するとともに,随時,レファレンス・ツールの開発も行っていく所存である。

Ref:
近代出版研究. 近代出版研究所. 2022, 創刊号.
“近代出版研究 創刊号”. 皓星社.
https://www.libro-koseisha.co.jp/publishing/9784774407623/
小林昌樹. “年報『近代出版研究』を創刊しました。在野研究者による書物論集です。”. 『日本の古本屋』メールマガジン. 2022-04-21.
https://www.kosho.or.jp/wppost/plg_WpPost_post.php?postid=9267
小林昌樹. 雑誌新聞発行部数事典. 増補改訂普及版. 金沢文圃閣, 2020, 662p.
小林昌樹. “「参照」してもらうのがレファレンスサービス:インダイレクトこそサービスの本態”. 図書館は市民と本・情報をむすぶ. 勁草書房, 2015, p. 178-187.
小林昌樹. “図書館の不真面目な使い方:小林昌樹に聞く”. 在野研究ビギナーズ : 勝手にはじめる研究生活. 荒木優太編. 明石書店, 2019, p. 61-75.
小林昌樹. 国立国会図書館70年史の時代区分:役割の二重性を手がかりに〈講演会記録〉. 明治大学図書館情報学研究会紀要. 2022, no. 13, p. 30-45.